2013年1月7日月曜日

2001年。

新年なんで、何かそれらしいことを書きたいと考えていたら、
今から12年前の出来事を思い出した。
2001年、会社の仕事をさぼって2ちゃんねるを見ていたわたしは、面白いものを発見した。
「みんなのパソコンを使って白血病の薬をつくろう」というようなタイトルの
プロジェクトが始まったというのだ。
どういうもんかというと、↓こういうものなんだが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/United_Devices_Cancer_Research_Project
(UDがん研究プロジェクト)

一言でいうと、使っていない時のパソコンの計算パワーを、白血病薬を作るための
分子計算に役立てようぜというプロジェクトなのだ。
大雑把な仕組みとしては、
United Devicesという会社が作ったプログラムを個人がダウンロード。
→パソコンが使われていない時間に、プログラムが勝手に計算。
→計算結果をプロジェクトのサーバーに送信。
ということだったと思う。

わたしは会社のパソコンにプログラムをダウンロードして、毎日計算に励んでもらっていた。
つまらない仕事のメールとか、伝票記入とか、勤務時間入力とか、大したことをしていない
会社のパソコンよ、少しは世の中のお役に立て!

当時、白血病の知識は何もなくて、分子の構造とかを計算すると薬が作れるなんて、
どういうことなのかさっぱりわからなかった。インチキじゃないのかと思ったりもした。
ただ、スクリーンセーバーの代わりに、↓のような画面が立ち上がって
何やら賢そうな動きをしているのを見るのは楽しかった。
















この「UDがん研究プロジェクト」は2007年に終了した。
大型コンピューターの値段が下がり、わざわざパソコン・ネットワークを使う必要が
なくなったということはあるだろうが、各国の好き者が争って計算パワーを提供したおかげで、
予想よりもはるかに早く当初の目標を達成したという理由もあったようだ。
ちなみに日本が提供した計算パワーは、世界2位だった(単独チームとしては世界1位)。

で、その結果が白血病薬の開発に役立ったのか、改めて調べてみると、
上に貼ったWikipediaには具体的な薬剤の名前は書かれていなかったが、
「同様にコンピューターを用いて開発された抗がん剤として、慢性骨髄性白血病の特効薬として注目されている分子標的薬剤『グリベック』などが存在する。」とある。

以前「ニブはまだかいな」  http://saihatsu-blue.blogspot.jp/2012/02/blog-post_04.html
で書いた、分子標的薬の構造を計算していたというわけだ。

白血病の親戚である悪性リンパ腫になってみて、
ようやく自分のやっていたことがわかったのである。

実は今でも、あの時何をやっていたのか、わかっている人はあまりいないんじゃないだろうか?
「いいことをした」という実感だってないと思う。

でも、その人たちに言ってあげたい。

「あなた達のやったことは、役に立った。これからの抗がん剤の主力になる薬の基礎は、
 あなた達の協力のおかげで作られたんだ」と。

(まあ、そのおかげで、どっかの製薬会社が大儲けしてたりするかもしれないが…)


今年は2001年のような、面白い年になってほしいですよ。

2013年1月4日金曜日

(あまりにも遅い)コメントお礼

せっかくコメントをいただいているのに、お返しもせずに大変失礼しました。

言い訳になりますが…
「会社の健康保険組合に治療費をけっこう払ってもらったし、ちょっとまじめに働くか」
と思って仕事をしていたら、どんどん忙しくなってしまい、茫然自失みたいになっていました。
わたしの“忙しい”のレベルなんて大したことではないかもしれませんが、ポンコツなもので。

>tokomaさん
こうなったら休暇をとりますよと奥さんに言ったら、
「カシオペアに乗って北海道に行きたい!」そうです。
ということで、今年は北海道を目標にしたいです。

 
>昨年10月22日の匿名さん
再発がわかったとき、わたしの奥さんは胃潰瘍になりました。
自分が病気になった場合は「ま、ダメなら仕方ないか」的な居直りもできるんですが、
そばにいてくれる家族は、もっとハラハラしているのだろうと思います。
匿名さんも体に気をつけて1年をお過ごしください。


>マツモトさん
寛解中ということで、いいお正月になったのではと思います。
わたしも調子にのって酒を飲みましたが、ふらふらになって寝ていました。
初夢は、仙台支社に転勤が決まったという夢でした。


>昨年12月13日の匿名さん
たいへんご心配されている最中ではないでしょうか。
いま治療をされている場合は、それがうまくいくよう願っています。
ありきたりの言葉ですみませんが、いい結果になってほしいです。


>tentenさん
わたしはベンダムスチンより、初発でやったR-CHOPの方がダメージがひどかったです。
2クール目で肺に水がたまってしまい、結局半年会社を休みました。
ベンダムスチンの治療でも調子が悪くなったら休んでいいんじゃないでしょうか?
がんなんですから。

2012年10月16日火曜日

「診察10月15日」

3カ月に1回のペースになった診察。
白血球が正常値になった以外は、特に大きな変化はなかった。

主治医は首筋、肩、鼠径部、腹部のリンパ節を触診して、
「異常ありませんね、なにか変わりはありますか?」と。

「特に変わりはないです」
私が答えて診察は終了する。次は来年の1月。



いい意味での変わりはない。
会社に行って体力と気力を使いはたし、休みの日になんとかリカバー的な
生活がえんえんと続いている。

貧血「感」もある(主治医は問題なしというんだが)。
体を激しく動かしたりすると、息がきれて頭痛がする。
前にも書いたが、ずーっとアンデスの山かなんかで高地トレーニングを続けてるみたいな感じだ。

せめてアルパカでもいれば楽しいのに…。


で、最近はどうかというと、

●自宅のマイ・ノートパソコンが異音を発してぶっ壊れた。

●会社で水を飲みながらノートパソコンを打っていたら、なんの前触れもなく咳きこんで
 口いっぱいの水をキーボードにぶちまけ使えなくした。
 (翌日乾いて復活したが)

●会社の別室にあるパソコンのディスプレイをぶっ倒して壊して始末書。


パソコンと闘う日々ですよ。


2012年9月10日月曜日

コメントお礼

>tokomaさん

お話を聞いてるだけで眩暈がするほど楽しそうですね。
羨ましいです。
こっちはもうね、座ってるだけのぬいぐるみ状態になってます。












単なるぬいぐるみと化す


2012年8月27日月曜日

悪性リンパ腫を休んでみた。

7月のPETの結果が問題なしということで、気が抜けた。

病気と戦ってやるぞ、みたいなモチベーションで気力を維持してきたんだが、
ちょっと良くなってみると腑抜け状態になってしまったんである。

そのうえ、なぜか会社の景気が上向きになってきて、仕事が30%くらい増量中だ。
腑抜け+多忙という変な状態になって、乾燥機の中でぐるぐる回される洗濯物のような
気分でこの夏を過ごしてきた。

しばらくは悪性リンパ腫のことを考えるのも休みたくなった。
ドロドロした暗い背景に、変なネコがいるブログも「もうイヤ!」みたいな感じだった。
(自分で作っておいてなんだが…)

まあ、怠けたかったんだ。

それがどれくらいの続くかはわからないが、せっかく寛解という時間をもらったんだから、
自分にとって意味のあることをしなけりゃいけないのに、
現実は、会社から帰るとだらしなくゴロゴロするだけ。
休日もゴロゴロ。

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ(以下繰り返し)

なのに、まだ休みたりないですよ。

コメントお礼

Yoikochanさん

もの凄い亀レスですみません。
病気的には、とりあえず平穏無事です。


2012年7月10日火曜日

PET結果:「診察7月9日」

きのう、7月5日にやったPETの結果を聞いた。

「問題ありませんでした」
と主治医は言って、検査結果をPCの画面に表示した。

PET画像はモノクロだった。
“画像に色がついてなくて、どこ見りゃいいんだ?”と思ったが、
にこにこしている主治医の顔を見ると、ばっちり効いているということはわかった。
ありがたいことだ。

次に血液検査の結果。
今回は5日検査をしておいたので、sIL-2R(可溶性インターロイキン2レセプター)の
数値も出ていた。
sIL-2R:248 (基準内)

こちらも問題なしということで、和やかに診察終了。

(ちょっと全体的に血が足りてない感じもするが)










考えてみると、去年の8月にゼヴァリンの治療をしてから、
11ヵ月のあいだ画像検査はやっていない。

ベンダムスチンの治療中には、CTとPETをやったのだが、
ゼヴァリンがいわゆる「地固め療法」的な効果をあげているのか、
やっぱり不安だった、というか何百万円もかけて効果なしってことでは
なんだか肩身が狭いじゃないか。

今回の検査結果で一安心したわけで、できればこの状態が2~3年くらい続いてほしい。
そのころには、また新しい薬を試すことができるかもしれない。


(参考資料)昨年4月~8月におこなった治療のまとめ。



日付は2~3日のずれがある。







となると、この先どんなふうに生きていこうか、といったことも考える必要があると思うんだが―


まったく考えちゃいませんよ!

2012年6月25日月曜日

コメントお礼

>tokomaさん

時間をかけ、お金をかけて、この病気を治療していると、
「俺って何のために生きてるんだっけ?」と思います。

そんなことを思っている場合じゃない病気はたくさんあるんでしょうが、
濾胞性リンパ腫の場合やっぱり考えちゃいます。

で、この1週間考えたんですが、けっきょく
「そんなのわからねえぇぇぇぇ !!」と海にむかって叫びたくなりました。

自分の目の前にも一直線の道が開けていたら、いいなあと思います。


2012年6月17日日曜日

マイガマガエル。

ちょうど1年くらい前、家へ帰る途中に、住宅街でガマガエルを見つけてびっくり
みたいなことを書いたのだが―
なんと、うちの庭にもガマガエルが住んでいるのである。

いちおう庭と言ってみたが、実態はそんな立派なものじゃなくて、
コンクリ塀に囲まれた、人がひとりやっと歩けるくらいのスペースで、いまはドクダミの花園に
なっている場所なんだが、そこにガマがひとり暮らしている。

庭でガマガエルを見つけたくらいで「マイガマガエル」とか「住んでる」とか、
ま~た大げさなことを言ってんな、このオヤジと思うかもしれない。

ところが、このガマガエルは、わたしが会社から帰ってくるのを家の門の下で
待っているのである。 每日じゃないが、3日に1度は待ってる。

まあ、帰りを待ってるというのは嘘で、門の下に水道の元栓があってジメジメしているのと、
門灯に引き寄せられる虫を食うために、そこにいるみたいだ。




しかし
自然の“し”の字もない
住宅密集地になぜいる?









われわれはマイホーム、マイカーと生活の豊かさを求めてきたわけだが、
これからはマイガマガエルが、エコロジカルでリッチな生活のシンボルになる時代である。

わが家にはマイカーはないが、いち早くマイガマガエルを実現することで
新しい時代の豊かな生活をリードしていきたいと思う。


でもガマガエルはのろまだから、通りで車にひかれて
すぐぺちゃんこになっちゃうんですけどね…

2012年6月13日水曜日

濾胞性リンパ腫の薬は多い。

最近、左足だけじゃなく、キン◯マのつけ根まで痛くなってきた。
座り続けていると、けっこう辛い。
これはちょっと、どうなんだろうと思うわけである。

もし再々発なんてことになったら、どんな治療をすることになるのかイメージが湧いてこない。

なにもしないで様子を見るから始まって、リツキサンを単独でしてみるとか、
前回効いたベンダムスチンをもう1、2回するとか、R-FMを試すとか、
サルベージ療法といわれるDHAP、EPOCH、ESHAP、DeVICをやるとか、
さらに自家移植に進むとか、同種移植まで考えるとか、治験への参加など可能性はいろいろある。
もちろん病勢によって、その可能性はどんどん狭まっていくわけで、
再々発だった場合は何がどうなるか、さっぱりわからない。
あ、その時はその時なんだが。

それにしても濾胞性リンパ腫は、治療のオプションが山ほどあって、
患者の立場からすると、選択肢が多すぎてわけがわからなくなる。
とうとう初発の治療からR-ベンダムスチンをやる病院(治験)もでてきたりして、
なんだか抗がん剤の戦国時代みたいな様相を呈している。

じゃ、どうしてこんなに薬が多いのか?
理由は4つくらいあるんじゃないかと思う。

第一に、濾胞性リンパ腫は、ふつう年単位でゆっくり進行する病気だからということがある。
これがどんどん進行する病気だったら、いろいろな治療を試している場合じゃない。
悪性リンパ種や白血病には、新しい薬を試たくても、それで効果がなかったりしたら
命にかかわる病気がいっぱいある。
その点濾胞性リンパ腫は、1度や2度くらい治療がうまくいかなくても、
「じゃ、別の薬やってみましょう♪」というような話になる。音符は余計だが。
別の言い方をすればいろいろ実験する余裕がある病気と言えるんじゃないか。

二つめであるが、これは裏返しのような話で、濾胞性リンパ腫はすぐには死なないけれど
なかなか治らないという性質があるということだ。
そのおかげで、「あんた本当にがんなんですか?」と人に聞かれてしまうほど
長いがん生活を送ることになるし薬剤耐性の問題もあっていろいろな薬を 
とっかえひっかえ使うことになる。


三点目は、世界にはわれわれが思っているより濾胞性の患者がたくさんいるということだ。
日本での濾胞性リンパ腫の発症数は、だいたい年間1800人くらいだと思うが、
アメリカでは1年に18300人の患者が生まれているんだという。
http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&langpair=en%7Cja&u=http://www.lymphomation.org/type-follicular.htm (アメリカのサイトの和訳)

その中の大多数の人が10年以上生き続けている。
単純計算すると、いまアメリカには少なく見積もっても20万人くらいの濾胞性患者が
いるってことなる。街ができそうな数だ。
そういうわけ、製薬会社にとっては濾胞性リンパ腫治療薬は大きな市場なっている
たとえばリツキサンの世界売り上げ高は、2010年にはなんと4800億円!
リツキサンは濾胞性リンパ腫だけに使われるわけではないが、
それにしたって製薬会社にとっては宝の山みたいな病気に見えるんじゃないか?


最後の理由は、B細胞性のリンパ腫(&白血病)に共通して言えることだが、
B細胞一時的にならば、体の中からなくなってしまっても人は死なないということだ。
つまりがん化していようが正常だろうがB細胞ならなんでも殺してしまう薬を作ることができる。

ところが、T細胞となると、そうはいかないみたいだ。
体からT細胞がなくなると、次々に感染症に襲われて人は生きていけないらしい。
だからT細胞性のリンパ腫には、リツキサンのようなタイプの薬は作れないんだという。
リンパ腫以外の他のがんで、がん細胞も正常細胞もひっくるめて全部なくしてしまうような薬が
あるかと調べてみたが、ちょっと見つからない。
肺癌の治療薬を使っ肺がなくなってしまったら、どえらいことだ。
そんな理由で、B細胞性のリンパ腫の薬作りやすいと言うか、いろいろな考え方で
薬を作ることができるような気がする。
実際、B細胞性のリンパ腫、おおっと驚くようなコンセプトの治療法も開発中だ。


これらは勝手な推測で書いているわけで事実とは違う部分もあるかもしれないが、
濾胞性リンパ腫の薬が多い理由は、だいたいこんな感じのような気がする

さらに現在開発中とか治験中の薬もかなりあって
これからますます治療の選択複雑になっていくだろう。
もう、いっそ居酒屋みたいに、壁に品書きみたいな紙を貼ってくれと
本日のおすすめ治療は黒板に書いておけと、

…やっぱり、それは勘弁だ。


会社じゃちっとも偉くないので、こういうところで偉そうなことが書けると
気分すっきりですよ!

2012年6月5日火曜日

コメントお礼

>Yoikochan さん

PETの注意書きに 「トイレ使用後は、水を2回流してください。」  
と書いてあるのを読んだりすると、やっぱり放射線て出てるんだと思ったりします。
ゼヴァリンですが、治療後だるさがいつまでも続くのが被曝のせいだとしたら
もう勘弁という感じですが、ベンダムスチンとの連続治療だったので
けっきょく放射線の影響だったのかどうかはわかりません。

この病気というか、がん全般の患者さんは放射線治療をする人も多いので、
気にしても、しょうがないのかなと。
移植を受けることになったら、全身に浴びるわけですし。