2012年6月25日月曜日

コメントお礼

>tokomaさん

時間をかけ、お金をかけて、この病気を治療していると、
「俺って何のために生きてるんだっけ?」と思います。

そんなことを思っている場合じゃない病気はたくさんあるんでしょうが、
濾胞性リンパ腫の場合やっぱり考えちゃいます。

で、この1週間考えたんですが、けっきょく
「そんなのわからねえぇぇぇぇ !!」と海にむかって叫びたくなりました。

自分の目の前にも一直線の道が開けていたら、いいなあと思います。


2012年6月17日日曜日

マイガマガエル。

ちょうど1年くらい前、家へ帰る途中に、住宅街でガマガエルを見つけてびっくり
みたいなことを書いたのだが―
なんと、うちの庭にもガマガエルが住んでいるのである。

いちおう庭と言ってみたが、実態はそんな立派なものじゃなくて、
コンクリ塀に囲まれた、人がひとりやっと歩けるくらいのスペースで、いまはドクダミの花園に
なっている場所なんだが、そこにガマがひとり暮らしている。

庭でガマガエルを見つけたくらいで「マイガマガエル」とか「住んでる」とか、
ま~た大げさなことを言ってんな、このオヤジと思うかもしれない。

ところが、このガマガエルは、わたしが会社から帰ってくるのを家の門の下で
待っているのである。 每日じゃないが、3日に1度は待ってる。

まあ、帰りを待ってるというのは嘘で、門の下に水道の元栓があってジメジメしているのと、
門灯に引き寄せられる虫を食うために、そこにいるみたいだ。




しかし
自然の“し”の字もない
住宅密集地になぜいる?









われわれはマイホーム、マイカーと生活の豊かさを求めてきたわけだが、
これからはマイガマガエルが、エコロジカルでリッチな生活のシンボルになる時代である。

わが家にはマイカーはないが、いち早くマイガマガエルを実現することで
新しい時代の豊かな生活をリードしていきたいと思う。


でもガマガエルはのろまだから、通りで車にひかれて
すぐぺちゃんこになっちゃうんですけどね…

2012年6月13日水曜日

濾胞性リンパ腫の薬は多い。

最近、左足だけじゃなく、キン◯マのつけ根まで痛くなってきた。
座り続けていると、けっこう辛い。
これはちょっと、どうなんだろうと思うわけである。

もし再々発なんてことになったら、どんな治療をすることになるのかイメージが湧いてこない。

なにもしないで様子を見るから始まって、リツキサンを単独でしてみるとか、
前回効いたベンダムスチンをもう1、2回するとか、R-FMを試すとか、
サルベージ療法といわれるDHAP、EPOCH、ESHAP、DeVICをやるとか、
さらに自家移植に進むとか、同種移植まで考えるとか、治験への参加など可能性はいろいろある。
もちろん病勢によって、その可能性はどんどん狭まっていくわけで、
再々発だった場合は何がどうなるか、さっぱりわからない。
あ、その時はその時なんだが。

それにしても濾胞性リンパ腫は、治療のオプションが山ほどあって、
患者の立場からすると、選択肢が多すぎてわけがわからなくなる。
とうとう初発の治療からR-ベンダムスチンをやる病院(治験)もでてきたりして、
なんだか抗がん剤の戦国時代みたいな様相を呈している。

じゃ、どうしてこんなに薬が多いのか?
理由は4つくらいあるんじゃないかと思う。

第一に、濾胞性リンパ腫は、ふつう年単位でゆっくり進行する病気だからということがある。
これがどんどん進行する病気だったら、いろいろな治療を試している場合じゃない。
悪性リンパ種や白血病には、新しい薬を試たくても、それで効果がなかったりしたら
命にかかわる病気がいっぱいある。
その点濾胞性リンパ腫は、1度や2度くらい治療がうまくいかなくても、
「じゃ、別の薬やってみましょう♪」というような話になる。音符は余計だが。
別の言い方をすればいろいろ実験する余裕がある病気と言えるんじゃないか。

二つめであるが、これは裏返しのような話で、濾胞性リンパ腫はすぐには死なないけれど
なかなか治らないという性質があるということだ。
そのおかげで、「あんた本当にがんなんですか?」と人に聞かれてしまうほど
長いがん生活を送ることになるし薬剤耐性の問題もあっていろいろな薬を 
とっかえひっかえ使うことになる。


三点目は、世界にはわれわれが思っているより濾胞性の患者がたくさんいるということだ。
日本での濾胞性リンパ腫の発症数は、だいたい年間1800人くらいだと思うが、
アメリカでは1年に18300人の患者が生まれているんだという。
http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&langpair=en%7Cja&u=http://www.lymphomation.org/type-follicular.htm (アメリカのサイトの和訳)

その中の大多数の人が10年以上生き続けている。
単純計算すると、いまアメリカには少なく見積もっても20万人くらいの濾胞性患者が
いるってことなる。街ができそうな数だ。
そういうわけ、製薬会社にとっては濾胞性リンパ腫治療薬は大きな市場なっている
たとえばリツキサンの世界売り上げ高は、2010年にはなんと4800億円!
リツキサンは濾胞性リンパ腫だけに使われるわけではないが、
それにしたって製薬会社にとっては宝の山みたいな病気に見えるんじゃないか?


最後の理由は、B細胞性のリンパ腫(&白血病)に共通して言えることだが、
B細胞一時的にならば、体の中からなくなってしまっても人は死なないということだ。
つまりがん化していようが正常だろうがB細胞ならなんでも殺してしまう薬を作ることができる。

ところが、T細胞となると、そうはいかないみたいだ。
体からT細胞がなくなると、次々に感染症に襲われて人は生きていけないらしい。
だからT細胞性のリンパ腫には、リツキサンのようなタイプの薬は作れないんだという。
リンパ腫以外の他のがんで、がん細胞も正常細胞もひっくるめて全部なくしてしまうような薬が
あるかと調べてみたが、ちょっと見つからない。
肺癌の治療薬を使っ肺がなくなってしまったら、どえらいことだ。
そんな理由で、B細胞性のリンパ腫の薬作りやすいと言うか、いろいろな考え方で
薬を作ることができるような気がする。
実際、B細胞性のリンパ腫、おおっと驚くようなコンセプトの治療法も開発中だ。


これらは勝手な推測で書いているわけで事実とは違う部分もあるかもしれないが、
濾胞性リンパ腫の薬が多い理由は、だいたいこんな感じのような気がする

さらに現在開発中とか治験中の薬もかなりあって
これからますます治療の選択複雑になっていくだろう。
もう、いっそ居酒屋みたいに、壁に品書きみたいな紙を貼ってくれと
本日のおすすめ治療は黒板に書いておけと、

…やっぱり、それは勘弁だ。


会社じゃちっとも偉くないので、こういうところで偉そうなことが書けると
気分すっきりですよ!

2012年6月5日火曜日

コメントお礼

>Yoikochan さん

PETの注意書きに 「トイレ使用後は、水を2回流してください。」  
と書いてあるのを読んだりすると、やっぱり放射線て出てるんだと思ったりします。
ゼヴァリンですが、治療後だるさがいつまでも続くのが被曝のせいだとしたら
もう勘弁という感じですが、ベンダムスチンとの連続治療だったので
けっきょく放射線の影響だったのかどうかはわかりません。

この病気というか、がん全般の患者さんは放射線治療をする人も多いので、
気にしても、しょうがないのかなと。
移植を受けることになったら、全身に浴びるわけですし。

2012年5月28日月曜日

ゼヴァリンその16:「診察5月28日」












なかなか元に戻りませんね、とわたし。
「治療の影響が続いているようですね、やはり」と主治医。

戻るというのはもう幻想で、実はこの数値が自分の標準なんじゃないかと思えてくる。
骨髄まで爺さんになろうとしているのか?
爺さんという未知の領域には、いったい何が待ち受けているのか? 婆さんか?

とか、一瞬考えていると、
LDHは多少基準値は超えているが、sIL-2R(可溶性インターロイキン2レセプター)は
250台と低値なので問題は感じないと主治医のお言葉。
(ただしsIL-2Rは3月26日の値)

そうですよねえ、と我に返って診察は終了。
7月のはじめにPETを予約してもらう。




やっぱり、PETやらないとよくわかんないですよ。


コメントお礼

>tokomaさん

R-FM →R →Rベンダムスチンを、ほどんど間をおかずにやられているわけで、
ダメージもたまると思います。
それでも、体を動かせるのはすごいことですよ。
わたしは土日ほとんど亀みたいに動きません。

2012年5月25日金曜日

コメントお礼

>マツモトさん

いまは速く歩こうとがんばると、息が切れるし後で足が痛くなるし辛いんですが、
通勤の時なんかに後ろから人に追い抜かれたりすると「負けてたまるかぁ!」と頑張ってしまい、
ボロボロになります。

>tokomaさん

40年前からランニングですか…。
あまりの凄さに、ふっと気が遠くなりました。

自分の不甲斐なさが悔しかったので、仕事をさぼって大阪の画像↓作っちゃいました。

大阪に行った気分。


バーチャル道頓堀散歩ですよ。

2012年5月20日日曜日

速く歩きたい。

左足がずっと痛い。
足が痛くて整形外科にいき、骨に浸潤したリンパ腫が見つかった時から続いている。
天気の変わり目とか、寒い日とか、横になって体重が左足に乗った時などにじわっと痛む。
もう、4年も付きあってるってことになる。

でも、痛み自体は軽い神経痛みたいなものだ。
最近はPETをしても、左足の周囲に問題は見つからない。
病気を心配するというよりは、ああ自分も爺さんになったんだと、
夜中に布団の中で足をさすったりしているくらいのもんである。

前置きが長くなったが、この病気になる前、2008年以前には
どうやったら速く歩くことができるのか、每日考えていた。
と言っても、競歩やスポーツウォーキングみたいな特別な歩き方をしたかったわけでなく、
通勤や散歩や買物など、日常の歩きを速くすることに取り組んでいたのである。

当時、いろいろな歩き方を試してみて、ついに速く歩くコツのようなものを
体得できたような気がしていた。

しかし、直後にリンパ腫が発覚して、それどころじゃなくなってしまった。
(正確に言うと、リンパ腫が発覚する2~3カ月前はだるくて歩くのは辛かった)

いまもう、せっかく覚えた歩きの「奥義」 も体が忘れてしまっている。
まったく惜しいことだ。
巻物にでもして残しておけばよかったと思う。

ただひとつだけ、なんとか文章で伝えられそうな部分がある。

それは足裏の使い方である。
ふつう、老人向けの歩き方説明などには、「かかとから着地しましょう」とか書いてあるが、
そもそも、かかとから着地しない歩き方なんて、どうやってやるのかと。
江戸時代の人はできたかもしれないが、
現代人は「かかとから着地しないで歩け」といっても歩けないだろう。

むしろ、足の指の付け根あたりを意識して歩いたほうがいいと思う。
足指の付け根で体を支え、そのくにゃっとした弾力を利用して、
もう一方の足を前に出す感じというか―
 
やっぱりわかりにくいな。

では、わたしの足裏の写真を使って説明しよう。
↓これを見れば、よくわかってもらえると思う。








速く歩くためには
呼吸法も重要で、
 「にゃ~」と言いながら
歩くのも、たいへん効果的だ。






なんて役にも立たないことをいっぱい書いたが、
実はネットに、わたしが思っていた速く歩く方法はちゃんと出ていたのである。


↑この回答の中の「ANo.3」noname#96725さんの方法が、「日常早歩き」として正しいと思う。。
(質問の文章もなかなか味わい深いが)


ということで、今回は最後の5行を読んどけば、全部解決ですよ。

2012年5月13日日曜日

コメントお礼

Yoikochanさん

うーん、しつこいですね。
というわたしもゼヴァリンで寛解しているのか実はよくわからず、6月のPET次第です。
でも、この病気は形質転換がなければ、それほど焦らずにいけるような気がします。
1年無事なら、またチャンスが増えると考えればいいのではと…。

2012年5月7日月曜日

コメント返信

>c1970043さん

 申しわけありませんが、わたしは医療関係者ではないので治療についての
アドバイスはできません。
ただ、お母さんの場合、できるだけ早くセカンドオピニオンを受けるべきなのではと思いました。
すでにセカンドオピニオンを受けている場合は、
サードオピニオンも考えていいのではないでしょうか?


また、「ネクサス」や「悪性リンパ種と闘う会」の掲示板には、治療経験の多い患者さんもいるので
質問してみるという手もあります。


ネクサス掲示板
http://hpcgi3.nifty.com/webpage3/nexus/patio01/patio.cgi?

悪性リンパ腫と闘う会掲示板
http://med-jp.com/bbs001/wforum.cgi



医師が直接回答する「アスクドクターズ」というサイトもあります。
ただわたしは利用したことがないので、アドバイスの内容がどこまでのものかはわかりません。
(有料です 月315円 )
http://www.askdoctors.jp/
 
複数の医師に、できるだけ短時間に話しを聞けるといいと思うのですが…。


大変な思いをされていると思いますが、お役に立てなくてすみません。
お母様の病状が早く良くなりますように。

2012年5月6日日曜日

お訳しになりません。

わたしの子供は大学4年になったのだが、英語ができない。
1年の時から必修の英語を落とし続けて、今年単位がとれないと卒業も危うい。

なにをやってるんだ、こいつは!
叱ってやろうと思った。

「とにかく授業をちゃんと聞け、そこからだ」と言ってやるつもりだったんだが、
その時、自分が大学生だったころの英語の授業風景が頭によみがえったのだ。

35年前の大学には、学生があふれていた。
必修の英語授業は、狭い教室に40人くらいの学生が詰めこまれておこなわれた。
これじゃあ、中学や高校の授業と変わらないじゃないかと思った。

英語の先生は、文学部で英文学をやっていた講師だったと思う。
言葉づかいがとても丁寧で、品の良さそうな中年女性だった。

授業は英文だけの「小説みたいな」読本を使い、
それを先生と学生が読んで訳していくというオーソドックスなスタイルだった。
わたしは何回か授業をさぼっていたため、その「小説みたいな」もののあらすじもわからず、
とりあえず席に座っていた。

先生は流暢な発音で英文を読み上げ、わたしにむかって言った。

「ブルーさん、この部分をお訳しになってみますか?」

「お訳しになりません」 

わかるわけねーだろ、そんなもん…。
で、クラスの皆さんには大受け。
わたしは授業を落として追試。

英語がどうしようもないのは、親ゆずりってことなんだ、結局。

ということで、まだ子供を叱っていない。



英語の授業の話には後日談がある。

「訳本あるんだから、買っとけ」とクラスの友達に言われ、
(まだ追試になるとは思っていない)わたしは生協にいって、
「小説みたいな」ものの訳本を読んだ。

それは、カーソン・マッカラーズというアメリカの女性作家の
「悲しき酒場の唄」という小説だった。

すごくいい小説だった。

わたしはマッカラーズの他の小説(和訳版)を、次々に買って読んだ。
「心は孤独な狩人」とか「黄金の眼に映るもの」とか「結婚式のメンバー」とか―
好きな小説家は誰かと聞かれれば、カーソン・マッカラーズというくらいに。

でもね、自分のしょうもない英語力でそれらを読むより、
英語が大好きな翻訳者が訳してくれた文章を読んだほうが、よっぽどいいわ。














カーソン・マッカラーズ
(1917年2月19日- 1967年9月29日





コメントお礼

>マツモトさん

マツモトさんは寛解後2年経過ということなので、GCBタイプの可能性が高そうですね。
というか、最初にタイプを調べたっていいと思うんですよ。
↓「驚きの価格でご提供しています」って言ってるし。
http://www.miltenyibiotec.com/jp/offer_Genomics_Services_Campaign.aspx?gclid=CLyjo8a36a8CFSRKpgodnA-meQ


>tokomaさん

よく考えると、tokomaさんいきなり通院でベンダムスチンやったわけですよね?
そうだとしたら、男らしすぎる!

2012年5月1日火曜日

我々は灰色の中に住んでいる(後編)。

前回は、「予後の悪いびまん性大細胞型B細胞リンパ腫」という部分がツボだったとか、
思わせぶりな終わりかたをしてみたわけだが、立派な結末はあるのか?
ま、いってみよう。

2008年6月、整形外科の診察室で「たぶん悪性リンパ腫だろう」といわれた後、
わたしは悪性リンパ腫のことが書かれたサイトやブログを見まくった。
まだ自分がどのタイプのリンパ腫だかわからなかったから、
とりあえず悪性リンパ腫と書いてあるものならなんでも見たわけだ。

悪性リンパ腫を総合的に説明してくれるサイトを見ると、
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫は、最も多くの日本人がかかるリンパ腫で、
30%以上がこのタイプだと書いてあった。
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫は抗癌剤に反応しやすく、
化学療法で治癒する場合があるとも書かれていた。

さらに、「最近はリツキサンがあらわれて、もうばっちり!」 的な期待感を煽っていた。
(正確に言うと、都合のいい部分だけ読んでそう思った)

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の患者さんのブログも読んだ。
R-CHOP8クール(当時は8回が多かった)で、多くの人が寛解して再発しないので、
長続きしないブログが多いように思えた。

「じゃあ、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫希望!」なんて、図々しいことを考えた。
結果は濾胞性リンパ腫だったわけだが…。

しかし、その後ブログを見つづけていると、一部のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の
患者さんであれっと思うほど病気の進行が速い人がいることに気がついた。
もちろん、がんという病気は人それぞれということはわかるが、
その病状は形質転換した濾胞性リンパ腫に近いように感じたのである。

なので、びまん性大細胞型と診断された患者さんの中には、
けっこう濾胞性から形質転換した人たちがいるんじゃないかと思っていた。
それを医師が見逃しているか、あるいはわかっていても治療的にはびまん性大細胞型と
同じだから、患者にはそう伝えているんじゃないかと。

 ところが、前編にリンクした記事を読んで、ようやく疑問が解けたのだ。

「一般的なリンパ腫治療に期待される標的薬」http://www.cancerit.jp/16698.html (再掲)

上の記事には、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫と呼ばる病気には、
3つのサブタイプがあると書かれている。

記事に多少調べたことを加えると、
いちばん多いのはGCB(germinal center B-cell )というタイプで、
これがわたしの思っていたびまん性大細胞型で、比較的予後が良いもの。
逆にABC(activated B-cell:活性化B 細胞型)と呼ばれるタイプは予後不良で、
その中でも9p21のゲノム欠損がある場合はきわめて予後不良なのだそうだ。
濾胞性の形質転換型と思っていたは、ABCタイプだったのだろう。

GCB、ABC、そしてもうひとつのType3は独立したタイプというより、
それぞれの境界は不明確で、連続しているといわれている。
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫はグラデーションのようなもので、
患者はその中のどこかにいるってことになる。






隣の芝生は青いと思っていたら、けっきょく灰色だったということだ。

ということで、やっぱり悪性リンパ腫は人それぞれという、
そんなの当たり前だ的な結論になってしまう。
おまえの知ったかぶりに付きあって、時間を損したぜこの野郎と思うかもしれない。

でも、悪性リンパ腫というか、がんという病気のほとんどは
白から黒に変わるグラデーションのどこかの灰色で、
その灰色のどの部分にいるのか、自分にはわからないってことを、
ずっと意識し続けるのは、けっこう難しいんじゃないかと思う。

特に濾胞性リンパ腫は、時間の経過によって灰色の色が変わる。
ある日、灰色が異様に暗くなってきたとき、
その中をちゃんとひとりで歩いていけるんだろうか?






今回は最初にかっこいいタイトルを考えついたのはいいけれど、
途中で結論がわかんなくなって、すごい適当に辻褄をあわせてますよ。

2012年4月29日日曜日

コメントお礼

>tokomaさん

さっそくebisumab投与ですか。
大胆な治療法感動しました。

浜ちゃんぽんも強力ですね。

知らなかったので他の画像も見てみたんですが、すごいと。
わかめの海にイカとかエビとかホタテが泳いでるし!

2012年4月26日木曜日

我々は灰色の中に住んでいる(前編)。

ニブの足音も近づくB細胞リンパ腫の今日この頃…
と、わけのわからない時候の挨拶みたいな書き出しで、またわけのわからないことを書く。

この間、「ニブはまだかいな。 」 でチロシンキナーゼ阻害薬(~ニブと呼ばれる薬)が
悪性リンパ種の治療にも進歩をもたらしてくれるんじゃないかと書いたが、
その有望候補があらわれた。

「一般的なリンパ腫治療に期待される標的薬」http://www.cancerit.jp/16698.html

↑上の記事にある、iburutinib(カタカナ表記はまだなし“イブルチニブ”か?)という、
ブルトン型チロシンキナーゼ阻害薬が、予後の悪いびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の
臨床試験で大きな効果をあげたというのだ。

もうね、チロシンキナーゼ自体が何者かということも、はっきりわからないのに
それに「ブルトン」までつけられたらお手上げなわけだが、とりあえず調べたことを書いておく。

「ブルトン」の由来は、医師の名前ということだそうだ。

「1952年に米国海軍のオグデン・ブルトンによって、報告された少年のケースは、
それまでの医学の考え方を一変することになります。
この少年は幼いときから感染症を繰り返し、発熱、嘔吐、関節痛に悩まされ、
どのような治療を行っても、一時的に回復するだけで、すぐにまた感染症で
入院することが繰り返されました。
症状は徐々に悪くなり、いわゆる健康体になる様子はみえませんでした。
幸い、ペニシリンやサルファ剤が症状を抑えるのに効果的で、一時的であっても、
なんとか元気を取り戻すことができました。
ブルトンによる検査の結果、病気の原因となっているのは、
肺炎球菌がもっとも多いことがわかり、ブルトンは、肺炎球菌の死菌からワクチンを作り、
少年に接種します。
ところが、驚くべきことに、何度ワクチンを接種しても、少年の体内に抗体ができる
気配がないのです。
当時、抗体はガンマグロブリンの一種であることが分かっていましたので、
ブルトンは当時の最先端機器を使って、少年の血液分析を試みます。
その結果わかったのは、驚くべき事実でした。
この少年の血中にはガンマグロブリンが、まったく存在していなかったのです。
ガンマグロブリンが存在しないということは、抗体が存在しないことも意味しているのです。
その後、同じような症状、同じように血中にガンマグロブリンがない症例が見つけられ、
ブルトン型無ガンマグロブリン血症といわれるようになります。」
抗体がないとどうなってしまうのか)より

後の科学者が調べたところ、ブルトンが見つけた病気は、ある種のチロシンキナーゼが
生まれつき体内で生産されないことが原因であったことがわかり、
このチロシンキナーゼをブルトン型チロシンキナーゼと名づけたということなんだそうだ。

このブルトン型チロシンキナーゼは、プレB細胞(若いやつ)にシグナルを送り、
免疫グロブリンがつくれるB細胞(大人)に成熟させるという重要な役割を持っている。

新薬のiburutinibはブルトン型チロシンキナーゼの活性化を阻害して、
B細胞の成熟をストップさせてしまう効果があるということだ。

リツキサンが抗体の作用で、大人のB細胞をネチネチといじめ殺す悪い上司みたいなものなら、
iburutinibは若いB細胞の成長をクスリで阻む、ヤクザのようなものである。
というか、この例え完全に失敗。

まあ、とにかくそういう薬なら濾胞性リンパ腫にも効果があるんじゃないかと調べてみたが、
ネット上でそういう資料は見つからなかった。

ただiburutinibが濾胞性リンパ腫には効かないとしても、
こういうアプローチの薬はそのうちあらわれるんじゃないだろうか?


と、ここまで読んで、今回のタイトル「我々は灰色の中に住んでいる」と
なにが関係あるのか疑問を感じるだろうと思う(誰も読んでねえか)。

実は本当に書きたかったのは、もう少し別のことだ。
上の方にある文章、
「予後の悪いびまん性大細胞型B細胞リンパ」というところが
わたしのツボだったのだ。


ということで後編へ続く、ですよ。


2012年4月8日日曜日

コメントお礼

>マツモトさん

調子にのってウソ書いたら、翌日から風邪ひきました。


>tokomaさん

やっぱり濾胞性はしつこい。でも、ベンダムスチンが残っているのは心強いですよ。

風邪をひいた。

風邪がなかなか治らない。
この土日で治してしまおうと、薬を飲んで寝ていたのだが、
ミサイルみたいなものが落ちて東京のビル群が崩壊するわ、
超巨大兵器がこっちに攻めてくるわ、
不穏な夢に大攻撃されてたいへんだった。



現実としては鼻水に攻撃されてますよ。

2012年4月1日日曜日

マイクロスイーツを食べにいく。

高脂血症になり、奥さんにチョコレートや生クリームのお菓子などを禁止されてしまった。
でも、そうなると人生の楽しみも、かなり減少してしまうわけである。

そこで、いま流行の「マイクロスイーツ」を食べに行ってきた。
この「マイクロスイーツ」は、多くの国民が肥満に悩むアメリカで開発されたもので、
ニューヨークではすでに20以上のカフェで出されており、行列ができる店もあるそうだ。

日本では代官山と南千住にカフェがオープンしているということで、
家から近い南千住の店に行ってきた。
「マイクロスイーツ・セット」を注文すると、まるでアリエッティでも飼ってるんじゃないかと思うほど、
精妙に作られたスイーツが皿にのってやってきた。





上から時計回りに、
チョコレートパフェ、
バナナのタルト、
イチゴのムース、
パウンドケーキ。








あまりに素晴らしい出来ばえなので、オーナーパティシエにお話をうかがってみる。

「単に小さいだけでは意味がないんです」オーナーは語る。
「小さくすることで、素材の味わいや香りがなくなってしまってはだめで、
そこがマイクロスイーツ作りの一番の難しさなんですよ」

たとえばバナナタルトを作るためには、鉛筆ほどの大きさしかない特別なバナナを
わざわざペルーから取り寄せているのだそうだ。
また、イチゴムースには、ヘビイチゴを何世代にもわたって改良して極小の粒になった
イチゴを使っているという。

それぞれのスイーツを口に入れると、そのこだわりはすぐにわかった。
イチゴムースから、小さいころ田んぼのあぜ道に漂っていた、
あの懐かしい香りが広がってくるのである。
小さな小さなお菓子から、一足先に春の訪れを感じることができた。




ぎりぎりエイプリルフールに間にあいましたよ。

2012年3月31日土曜日

ゼヴァリンその15:「診察3月26日」

血小板が正常値に戻ってきた。
IL-2R(可溶性インターロイキン2レセプター)は、先月のデータではあるが正常値。
問題はなさそうだと主治医。











わたしの方からは、近所の医者で高脂血症の薬を処方されているが、大丈夫かと質問。
薬品名はゼチーア。


一般名はエゼチミブ。
遺伝子解析でコレステロールの吸収に
関係する遺伝子を発見。
その働きを阻害する薬として開発された。
こうした分野にもハイテクノロジーが…





悪性リンパ種と高脂血症には大きな関係はないし、ゼチーアを飲むことも問題ないだろうと主治医。

「むしろ、悪性リンパ種が良くなっている時に、コレステロール値が上がることが多いんですよ」
とPCを操作して、わたしの過去データを見せてくれようとしたのだが、

「あ、ブルーさんの場合は去年の再発時にコレステロール値が上がってますね…」
なんとなく苦笑い的な雰囲気の中で、6月ごろにPETをやることを確認して診察終了。

実は、左の首の付け根に違和感があるのだが、これは黙っていた。
どうせ次のPETでわかることだし、奥さんも診察室にいたので、

あんまり言うと、酒を止められちゃいますよ!